"二つ目は、米長氏が出がけに奥さんに「私は勝てるだろうか」と聞いたときのこと。はっきりと「あなたは勝てません」と断言されたのである。「なぜ勝てないんだ」と問い返すと、「あなたはいま、若い愛人がいないはずです。それでは勝負に勝てません」と言い放ったというから驚く。げに恐ろしきは、勝負師の妻なり。"

『われ敗れたり コンピュータ棋戦のすべてを語る』 新刊ちょい読み - HONZ (via hirai)

(hepton-rkから)

"バルスのことなんですけど。


大多数のネットユーザー諸兄はご存知かと思うが、バルスは天空の城ラピュタにおける「滅びの言葉」である。劇中ラストシーンにおいて、家伝の飛行石を手にしたシータとパズーが「バルス!」と叫ぶと、なんか飛行石がやたら光ってムスカさんが目が目が星人になったりラピュタがぶっ壊れたり、色々とエラいことになる。
「バルス=滅びの言葉」という図式の定着度・認知度はWeb上では恐ろしい程であり、ラピュタ放映時には実況板が「バルス!」の書き込みとAAで埋め尽くされるという。


まず考えなくてはいけないのは、このバルスという命令は一体何の為に用意されたAPIなのかということである。


ラピュタは人工物なので、当然設計者や開発者がいた筈である。そして彼らは、管理権限キーっぽい小さな飛行石に、複数のコマンドを用意している。「困った時のおまじない」であるとか、「滅びの言葉」がそれである。飛行石を身につけた状態でコマンドを口に出すと、命令が実行される。シンプルなAPIである。


ここで疑問が出てくる。単純に「管理キーである飛行石を活性化させるだけのコマンド」と思しき「困った時のおまじない」ですら、「リーテ・ラトバリタ・ウルス アリアロス・バル・ネトリール」などというやけに長いコマンドであるというのに、何故「自爆コマンド」であるところの「滅びの言葉」が「バルス」などという超シンプル過ぎる三文字なのか?


普通に考えると、管理者権限の持ち主がたった三文字の言葉を発しただけで、操作確認もなく都市が自爆するとか正気の沙汰ではない。lsコマンドを打ち間違えただけで停止するシステムを想像してみるが良い。怖くて住めないだろそんなとこ。

そこから類推すると、「実はバルスは自爆コマンドでもなんでもなく、他の意図で用意されたコマンドなんだけど使い方間違えて伝わってるんです」と受け取った方が妥当なんじゃないかと私は思うんだ。


私が推すのは「実はメンテナンス用のコマンドです」説である。


バルスを実際に使用した時大雑把に何が起きているかというと、

・でっかい飛行石がめっちゃ光って上昇する
・なんかラピュタのエンジンっぽいところがばたばた暴れる
・釜の底が抜けてラピュタ崩壊

という感じである。

ここで気をつけなくてはいけないのは、崩壊しているのは飽くまで周囲の建造物だけであり、巨大飛行石は絶好調に作動中ということである。いってみれば、異常を起こしているのはエンジンとのsession部分であり、エンジンそれ自体ではないのだ。

システム的に考えると、これは「アプリを停止していない状態でDB止めようとしたらロック取り巻くってエラいことに」みたいな状況に近しい。つまり、「本来はアプリ停止してから使用しなくちゃいけないコマンドなのに、無理矢理abortしたらそりゃぶっ壊れますよ」という状況ではないかと想像出来るのである。多分コメント行を読んでみれば「ちゃんと周囲の施設停止してから使用してね!」とか書いてあるに違いない。歴代の管理者が読めていなかった可能性は非常に高く、ラピュタ開発者が草葉の陰からラストシーンを見ていれば、「アプリ止めないでいきなりabort叩くなwwwwwww壊れるだろアホかwwwwwwwwww」とか思っているかも知れない。


ラピュタ開発者の迂闊なところは、フールプルーフを全く考慮していないところだ。「間違っていきなりこのコマンド叩かれたらどうすんの」的視点が完全に抜け落ちている。本来ならバルス使用時には「アプリが停止されていません。このまま実行するとラピュタが壊れる可能性がありますがよろしいですか?(y/n)」「本当によろしいですか?(y/n)」とか5回くらい聞きなおすようにしなくてはいけない。ここについては積極的にラピュタ開発者の責任を問うべきだと思う。ムスカさんも多分そう思ってると思う。


結論としては、

・バルスは実は自爆コマンドではないのではないか
・ラピュタ開発者はフールプルーフの考慮が甘い
・ムスカさんは開発者に怒っていい


というとてもどうでもいい三点が導かれるわけである。よかったですね。>私



今日はこの辺で。"

ラピュタには何故自爆コマンドが用意されているのか: 不倒城 (via kitanokunikara)

shinodddddappbankからリブログしました

(via tataraseitetsu)

(hepton-rkから)

"家族というのは基本的に「会食する集団」でしょう。デートというのも基本的に「いっしょにごはんを食べに行くこと」ですよね。どうしていっしょにごはんを食べるのかって言えば、ごはんを食べているときに、美味しいかどうかで、その人といて楽しいか楽しくないかが分かるからですよ。家族でごはんを食べるのは仲がいいから食べるんじゃない。その逆です。「いつごはんがまずくなるか」をチェックするために、いっしょにごはんを食べる。ぼくはそう思っているんです。

ごはんを食べていてまずくなったら、それは家族の危険信号なんです。だいたいテレビドラマでも、家族の間に亀裂が入ると言うときは、ちゃぶ台をひっくりかえすか、作ってくれたものを残して「もう、いらない」と席を立つ場面ですからね。

セックスするまでもなく、男と女はいっしょにごはんを食べるだけで、いっしょに居られる人かどうかはわかるんです。うまくゆかない相手とだと、ごはんの味がしないから。「味がしない」というのは、「この人といっしょにいても、あなたの心身のパフォーマンスは上がらないです」って身体がシグナルを送ってきているわけですから。いくら頭が「いっしょにいるほうがいい」というメッセージを送っても、消化器の方が「いやだ」って言っている。だから、食事の時にたわないことをしゃべっていても、やたら食が進んで、「おかわり」と言える時は、身体が「この人とは相性がいいよ」って教えてくれているんです。(P.57)"

『身体知 ~身体が教えてくれること~』 内田樹 × 三砂ちづる

いっしょにいると

しあわせなひと

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スケジューラに【会食】と表記するようになったのは40歳を過ぎてから…

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"twitterでは各人が自由に独り言を発し、たまに、それが繋がり会話が成立します。現実社会では、類似しているものとして、精神病棟ぐらいしか思いつきません。"

Twitter / eigokun

twitterの説明としてこれくらい明解なものはない。

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